遠隔授業と対面授業とではどちらの方がより効果的なのだろうか、それとも差がないのだろうか。
結論からいえば、少なくても語学に関する限り、対面授業の方が授業効果は圧倒的に高いと言える。ここでは、便宜的に、“授業効果”を学生の理解度、つまり、”試験の成績“と捉えておくことにする。
遠隔授業の最大の弱点は、持ち込み不可の試験が実施できないことではないかと思う。試験があろうがなかろうが勉強する学生もいるが、少数派であろう。大抵の学生は持ち込み不可の試験があるから、必死に勉強する。その中で初めて深い理解に達したり、疑問が湧いたりするものである。
また、持ち込み不可の試験さえ実施できれば、対面と遠隔の混合授業であっても、効果にはあまり差がないことも分かってきた。
以下、スペイン語ⅠA、スペイン語ⅠBの授業を取り上げて、私の遠隔授業に関する実践報告としたい。
Ⅰ.スペイン語ⅠA、ⅠBについて
1年生対象の必修選択科目(実際には、再履修の学生が混じっている)。1週間に2回授業がある。経営学部1クラス、法学部1クラス、各クラス40~50名程度。
前期はすべて遠隔授業。後期は、週2回のうち1回を対面授業、もう1回を遠隔授業とする混合スタイルで授業を行った。
2年生対象のスペイン語Ⅱ(選択科目)、3年生対象のスペイン語Ⅲ(選択科目)は、週1回の授業なので、後期はすべて対面で行った。ただし、特殊な事情がある学生には遠隔で授業を受けることを許可した。
Ⅱ.遠隔授業のやり方(前期)
・オンデマンド方式で行った。
・自作のプリント(PDFファイル)に説明の音声(60分程度)を付けた。
・復習を丁寧に行った。毎回の授業の最初に復習を入れたほか、3課進むごとに、復習の回を入れた。
・例年に比べ、進路を遅くし、内容を簡単にした。全体として2割以上カットした。
・質問の受付、回答はWebClassからメールで行った。個別対応になり時間を取られた。
・毎回の授業で理解を確認するための練習問題を作った(提出は求めなかった)
・例年補助教材として使用していたビデオ教材が使えなかったことは痛手であった。代わりに、Youtubeで視聴可能な歌やビデオを紹介したが、初心者向けの適当な動画があまりなく、苦労した。
Ⅲ.提出課題・評価方法(前期)
・課題を5回提出してもらい、その合計点で評価した。
・学生の添付ファイルにはいろいろな拡張子がついている。中には開けないものもあった。
・スマホで写真をとり画像ファイルとして送ってくる学生が多かった。見づらい画像もあり再度送ってもらう必要があった。
・提出期限を守らない学生がかなりいた。提出期限を過ぎた場合には、督促のメールを送った。教員によって提出期限がまちまちなので、学生も混乱したようだ。他の授業の課題を間違えて送ってくる学生がいた。
・課題に学籍番号を書かない、メールに件名を書かない学生が結構いて、処理に手間がかかった。
・自動翻訳機能を使ったと思われる解答がかなりあった。これは想定外であった。以後、授業で習った単語や表現のみを使うように指示した。
Ⅳ.スペイン語ⅠAの成績
【経営学部】 44名(1年生のみ) 合格:38名 不合格:5名 H評価(出席不良):1名
【法学部】 40名(1年生のみ) 合格:35名 不合格:3名 H評価:2名
評価基準は、例年に比べて緩めに設定した。私自身の遠隔授業に対する準備不足、能力不足は否めない。学生も充分とは言い難いネット環境の中で奮闘した。特に1年生は、友人も先輩もいない環境で孤独に耐えて努力した。甘めの評価は許されると思う。ただし、後期になって対面授業が再開されれば、持ち込み不可の試験を実施するということは、繰り返し強調した。
Ⅴ.遠隔授業の効果
遠隔授業の効果はいかほどだったのか。
10月中旬に実施した後期1回目の試験を昨年(2019年)同時期の成績と比較することで検証したい。どちらの試験も持ち込み不可。日本語をスペイン語に訳す問題である。単語を覚え、文法を理解していないと高得点は期待できない。試験の内容は異なるが、傾向を掴むには充分であろう。(数字は、小数点以下を四捨五入してある)
【経営学部】 2020年:42名(1年生のみ)
A~S評価: 36%(15人)、 C~B評価: 10%(4人)、 D評価 : 55%(23人)
(注)4割以下: 48%(20人)
【経営学部】 2019年:44名(1年生のみ)
A~S評価: 45%(20人)、 C~B評価: 25%(11人) 、 D評価 : 30 %(13人)
(注)4割以下:14%(6人)
【法学部】 2020年 : 37人(1年生のみ)
A~S評価:49% (18人) 、 C~B評価: 16%(6人) 、 D評価 : 35% (13人)
(注)4割以下: 24%(9人)
【法学部】2019年:41名(1年生のみ)
A~S評価:73%(30人)、 C~B評価:20%(8人)、 D評価 : 7%(3人)
(注)4割以下:7%(3人)
まず、昨年に比べてD評価の学生が圧倒的に増えた。経営学部55%(昨年:30%)、法学部35%(昨年7%)。中でも、4割以下の得点しか取れない学生が、経営学部で48%(昨年14%)、法学部で24%(昨年7%)もいる。特に経営学部では、半数近い学生が4割以下、ほぼ零点という学生も6人(14%)いて、ある程度予想していたこととはいえ、あまりの惨憺たる状況に、私は頭を抱えてしまった。
一方、好成績の学生もいる。ただし、その割合は昨年度より少なくなっている。A~S評価の学生が、経営学部で36%(昨年45%)、法学部49%(昨年73%)。
法学部は真面目に勉強する学生が多く、リラックスした中にも緊張感があり、真剣に勉強に取り組もうとするクラス全体の雰囲気がある。そのため高得点の学生が多く、D評価の学生が少ない。
教室全体がもつ雰囲気というのは学習意欲に強く関連している。遠隔授業では、この教室全体のもつ雰囲気の醸成が困難である。これが高成績の学生の割合が減ったことの一因であると思う。
1回目の成績こそ惨憺たるものであったが、上記の成績がそのまま合格不合格に直結するわけではない。この後、3回の試験を実施しているが、1回目の試験の成績に衝撃を受けて学習態度を改め、成績が急上昇する学生も多い。最終的にはかなりの割合で合格を出せるのではないかと期待している。
Ⅵ.学生から見た遠隔授業と対面授業
学生自身は対面と遠隔のどちらのスタイルを希望しているのだろうか。学生の声を聞いてみた。 「家が遠いから(全部)遠隔がいい」という極端な意見を除けば、対面を望む学生が多いようだ。ただし、条件付きである。 「今日のような授業だったら(声を出して隣と会話のパートを読み合い、練習問題を解き、スペイン語の聞き取り書き取りをし、ビデオを見ながら意味を確認するような活動的な授業)対面の方がいいけど、前期のような授業(資料を説明し、問題を解説するような授業)だったら、遠隔でいい」という、至極全うな、しかし教師からすればかなり厳しい感想が挙がった。
学生の(対面)授業に対する見方も厳しくなっていると感じる。
2年生にどんなゼミに入りたいかと聞いたところ、「入るに足るゼミがいい」という答えが返ってきて、意識の高さに、若干たじろいだ。裏を返せば、「入るに足るゼミ」は多くは ない、という意味なのであろうか。
某国立大学でアンケ―ト調査をしたところ、遠隔授業に対する学生の評価は思いの外高かった、という記事を読んだ。その話をスペイン語Ⅲのクラスでしたところ、「それは普段つまらない授業をやっているからですよ」という辛らつな答えが返ってきて、その的確な評価に再びたじろいだ。
遠隔授業を通じて学生たちは気づいてしまったのだ。授業の中には、遠隔で十分な授業もある、時間と交通費をかけてわざわざ大学に来る必要のない授業もあるということを。対面で授業をやるからには、お金と時間と労力に見合った中身のある授業をやってくれ、という、学生たちの切実な声を聞いたような気がした。
(『白鴎大学ビジネスレビュー』(2021年3月発行)より)
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