「年少者に対する日本語教育の諸問題-栃木県における事例を中心に-」と題して、『白鴎ビジネスレビュー』Vol.9 (2000年)に投稿したもの。
当時は、年少者に対する日本語教育の資料や教材もノウハウも不足していて、現場の先生方は、悪戦苦闘していた。 少しでも先生方の苦労に寄り添うおうと、アンケートを実施した。その結果をまとめたものである。
はじめに
白鴎大学には8年前から毎年2名から6名の内地留学生がスペイン語を学びに来校し,半年間という短い期間ではあるが,熱心に受講している.今年度前期も三人の小・中学校の先生方が受講された. これは,10年程前より南米-特にブラジルとペルー-から日本に出稼ぎに来ている日系人の子女が小学校,中学校に入学してくるようになり,彼等や彼等の保護者とのコミュニケーションを図る必要性からとられた措置である. 内地留学生は,研修終了後外国人子女に対する日本語教育を担当することも多い.彼等はスペイン語やポルトガル語の研修を受けたとはいってもまだまだ充分とはいえず,またほとんどの場合,外国人に対する日本語教育の研修を受けたことがないため,教育面を始めとし,様々な困難に直面している. 日本語教育(殊に年少者に対する日本語教育)は,始まってまだ日が浅いので,教材一つとってもまだまだ整備されているとは言い難い.そこで,私達は実際の日本語教室の場で教材として使えそうなものをなにか提供できないだろうかと考えた.そのためには,まず現状を知り,また教師たちが何を望んでいるかを知らなくてはならない. そこで今期の内地留学生三人と協力して,まず栃木県内の日本語教育の実態調査を行った.調査は小山市立旭小学校,小山市立小山第三中学校,真岡市立真岡西小学校,真岡市立真岡中学校の4校を訪問し,日本語学級での授業を参観し,担当の先生や校長,教頭先生の話を伺うことで進められた.さらに,県教育委員会義務教育課,真岡市役所義務教育課を訪問し担当者の話を伺った.そのほか,小山第三中学校で行われた研究授業にも参加することができた.また,栃木県における外国人子女教育拠点校(2) の日本語教育担当者に対してアンケート調査を実施した.昨年10月で研修を終えた内留生たちは,さらに教材作成や,生活態度評価のスペイン語訳も加え,その成果は『平成11年度前期内地留学報告書』にまとめられている.
本報告は,第一部で内地留学生と共に行った栃木県における日本語教室担当者へのアンケート調査,年少者に対する外国語教育一般の問題,また筆者自身のチリ留学時の体験などを基に,外国人子女教育の持つ様々な側面を扱う(3) .
第二部では,現に日本語教育に携わっている小・中学校の先生方に少しでも役立つようにと,副教材として使えそうなものを例示してみた.いずれは外国人子女に対する日本語教育関連のホームページを作成し,こうした情報を発信できればと思っている.
<注>
(2)外国人子女受け入れの中核となり,外国人に対する教育の研究や実践を中心的に行う.1999年度の研究拠点校は37校である.
(3)今回は言語教育の問題に絞り,適応の問題には触れなかった.しかし実際には適応がうまくいかず,強いストレスにさらされている児童生徒も少なくない.次回の研究テーマとしたい.
Ⅰ.日本における外国人児童生徒と日本語教育の現状
近年,日本で働く家族同伴の外国人の来日が増え,これに伴って,日本の公立の小中学校で学ぶ外国人児童生徒が増加している.これは,1990年2月の「出入国管理及び難民認定法」の一部が改正されて,ブラジルやペルーなど南米に在住する日系人が,定住者,配偶者などの在留資格を得て日本に定住し就労することが可能になり,来日する日系人が増えたことも影響している(4). 公立の小中学校に通う日本語を母語(5)としない子供の数は,この数年約7万5千人前後で推移している.そのうち日本語教育を必要とする外国人児童生徒は,1997年(平成9年)度の文部省調査では小学校で12,302人,中学校で4,533人,合計16,835人にのぼり,平成7年の調査結果の45%増という急激な伸びを示している.文部省学術国際局国際企画課『平成9年度日本語教育が必要な外国人児童・生徒の受け入れ状況等に関する調査』を基に『AJALT』(1999)が作成したグラフがあるので,それを参考に見ていくことにする.
平成9年9月現在,日本の公立小中学校に在籍する外国人生徒のうち,日本語教育を必要とする外国人児童生徒は小中学校16,835人で,在籍校は5,061校に及んでいる(図1).ただし,在籍期間は短い者が多い.小学校では6ヶ月未満が34%で最も多く,1年未満が16%,2年未満が22%,2年以上が28%となっている.中学校では6ヶ月未満21%,1年未満15%,2年未満22%,2年以上が42%となっている.在籍期間が短いのは,帰国することもあろうが,それ以外にも転出転入が多いためだと思われる.
図1(省略)
子どもたちの母語は,ポルトガル語(44%),中国語(30%),スペイン語(10%)の順で多く,上位3言語で全体の84%を占めている.以下,韓国・朝鮮語,ペトナム語,英語と続き,全体の母語の数は53言語にものぼる. 1校当たりの日本語教育が必要な外国人子女数は一人という学校が小学校で41%,中学校で52%でもっとも多い.ついで二人(小学校:21%,中学校:19%),三人(小学校:10%,中学校:3%)と続き,5人以下が小学校で83%,中学校で88.7%と少人数校が多数を占めている. 日本語教育が必要な外国人子女はすべての地域にまたがって居住しているが,最も多いのは愛知県の2192人,ついで神奈川県(1564人),静岡県(1523人),東京都(1351人),大阪府(1260人)の順である.また,関東はすべての県で多く,埼玉県(848人),千葉県(617人),群馬県(740人),茨城県(550人),栃木県(514人)となっている.
<注>
(4)『ようこそ日本の学校へ』1頁
(5)母語とは家庭内や地域で話されている言語で,通常子どもが最初に獲得する言語を指す.それに対して母国語とは自分の国籍がある国の言語である.
Ⅱ.栃木県における外国人児童生徒と日本語教育の現状
それでは,栃木県では外国人子女の在籍状況,さらに日本語教育を必要としている児童生徒の在籍状況はどのようになっているのだろうか,またそれに対してどのような対策が取られているのだろうか.栃木県教育委員会義務教育課が調査した平成11年度5月1日現在の資料を基に見てみよう. 表1の「就学者数の推移」,及び「特に日本語の指導を必要とする児童生徒数」を見ると,平成3年から4年にかけて急増し,その後も増加傾向にある事が分かる.特にブラジルからの児童生徒が多いことが注目される(図2).また,国籍別にみるとブラジル,ペルーについて中国・台湾,韓国・朝鮮国籍の児童生徒が多いが,日本語指導を必要とする数だけを見ると,ブラジル,ペルーの後は中国・台湾となっている(図3).また,世界中の様々な国々から来日していることが分かる.
栃木県における外国人子女教育問題はそのほとんどが,ポルトガル語とスペイン語を母国語とする南米国籍の子どもたちであり,続いて中国語を母国語とする子どもたちであるといえる. 表1:外国人子女の国籍別及び年度別公立小・中学校への就学者数の推移(7)(省略) 図2:外子人子女の就学者数(7) (省略) 図3:日本語の指導を必要とする数(7)(省略) 表2:外国人子女の市町村別就学者数(8) (省略) こうした急激な外国人児童生徒の増加に栃木県も手をこまねいていたわけではない.まず,1991年(平成3年)度よりポルトガル語とスペイン語の習得を目的とした教員の内地留学を実施している.1992年度から外国人子女の多い学校には専任の教員を加配(6)したり,外国人子女教育拠点校の指定を行っている.その他,研究協議会を開催したり,『外国人子女教育の手引Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』も作成している. 外国人子女の市町村別就学者数をみると,宇都宮市,真岡市,小山市など大規模な工業団地を有する市町村に多く在籍していることが分かる(表2) .また,外国人子女の在籍している学校については,多数の学校に分散して在籍している地域や,1校に集中する傾向のある地域などが見られるが,特に真岡市においては集中する傾向が強く,真岡西小学校のように,全児童数の約6%にあたる64名(1999年(平成11年)5月1日現在)が外国籍という学校もある. このように外国人子女が多数在籍する学校や地域では,学校ぐるみ,地域ぐるみで外国人子女教育や国際理解教育に取り組む姿勢がみられ,日本語教室があり,場合によっては子どもたちの母国語を理解できる指導助手が自治体から派遣されるなど,大変恵まれた環境にある.
一方,外国人子女が数名以下という学校もたくさんある.こうした学校に関しては今回充分な調査ができなかった.在籍している学校には日本語教室がないため,子供たちは近くの拠点校に通級しているようだが,通級に関する問題点もあり(9) ,また,近くに拠点校がない場合などは一体どうしているのだろうか.次回の調査対象としたい.
<注>
(6)外国人児童生徒の多い学校では加配教員が配属され,日本語教育を担当する.
(7)出所 栃木県教育委員会事務局義務教育課
(8)栃木県教育委員会事務局義務教育課調べ
(9)通学の問題が大きい.保護者同伴が原則.途中で事故にあったときの保険の問題など.
Ⅲ.年少者の外国語習得
われわれは一般的に成人の外国語習得に関しては多くの情報をもっているが(中学生の外国語習得はほとんど成人と変わらない),年少者の外国語習得に関してはほとんど知識がない.これは今までの日本には年少者が外国語を習得するような状況が少なかったことと関係している.そこで,年少者-特に小学生-の外国語習得に関する一般的な理論をいままでの研究を参考にしながら以下に考察してみたい.
年少者といっても幼児から12歳くらいまで幅がある.そこで,三つの段階に分けて考える.年少者の第二言語習得にあっては年齢が非常に大きな要因となっていることが指摘されているからである. まず,小学校1,2年生くらいまでに来日した場合.中には保育園から日本にいてそのまま小学校に上がってくるような子供もいる.このようにごく幼少期に来日した場合には,第二言語の習得は比較的容易に促進されるようである.
稲葉(1998)が調査した福岡県内のある小学校に在籍する中国人児童たちの例をみると,例えば,3歳の時に来日し,現在2年生(8歳)のA子は,「日本語はどのくらい解るか-テレビの内容が見て解るか,日本語で電話できるか-」という質問に「99%わかります」と答えている.4年前に来日し,1年生に編入された現在5年生のB男とC子は同じ質問に「全部わかります」と答えている.三年半前の2年生の時に来日した現在6年生のD子も日本語は「全部わかります」ということである.
しかし,このように幼い時期に外国語にさらされると,今度は母語を喪失する危険性がある.先ほどの例では,「母国がどのくらいわかるか」という質問にB男は「少ししかわからない.忘れた」,C子は「すこし.いつも日本語はなしようけん」,D子は「日常会話はわかる.書くのはあんまり...」ということになる.A子のように中国語の「読み書きも少しでき」ても,家庭内で姉との会話がほとんど日本語になっていたり,父母との会話にも日本語が混じっていたりすると,これから学年が進んで行くに従って,年齢相当の中国語の言語能力(特に読み書き能力)がついてくるには相当の努力をしなければならないだろう.
母語を失いつつある彼らにとって今後一番問題になるのは家庭内でのコミュニケーションに支障をきたすことであろう.親の日本語能力が高ければ問題ないが,特に栃木県に多い南米からの就労者の場合,概して日本語能力が十分とは言えない.親と子の間にお互いの感情や考えを自由に伝えあえる共通の言語がないということにもなりかねない.特に子どもの年齢がすすみ,様々な問題や悩みを抱えるようになったときに,親がそれを理解し支えてやれないということは大変つらいことであろうと想像される.また,将来家庭の都合で帰国するようなときには,今度は母国語習得で再び苦労しなければならなくなる.少なくとも対人コミュニケーションレベルで必要とされる母国語の言語能力(BICS)だけはなんとか保持できるように努める必要があるだろう.
次に,母語の言語能力がほぼ完成される11歳前後(小学校高学年)以降に来日した場合を考えてみよう.
この場合には幼少期に来日した場合にくらべると,年齢相当のレベルまでの日本語習得には時間がかかるかもしれない.その一つは,この年代が必要とする語彙量が幼児期にくらべると圧倒的に増えることに起因している.また,生活や文化的な適応にも時間がかかることもあるだろう.しかし,母語の言語能力(特に読み書き能力)が確立されていれば,今度はすでに持っている母語の助けを借りて,第二言語の発達を促すことができる.第一言語(母語)と第2言語の能力は別々に発達するものではなく,相互に依存しあいながら発達するといわれている. たとえば"民主主義"という概念をすでに獲得している学習者の場合には,すでにもっている母語の概念に「民主主義」という日本語のラベルを貼ることで事足りるが,"民主主義"という概念自体をまだもっていない年少者の場合には,この概念を第2言語で学習することがいかに困難か想像に難くない.しっかりした母語をもっていれば,その能力を保持育成しながらさらに第2言語の能力が加算されるバランス・バイリンガル(10)になれる可能性がある. 最後に小学校3,4年生あたりで来日した場合を考えよう.様々な研究によると,この年齢で第2言語に接触した場合には最も注意が必要となるようである. 岡崎(1995,3頁)はスクットナブ=カンガスを引用しながら,「第二言語との接触時点までに第一言語がどの程度発達しているかによって結果が異なる」としている.つまり,「10歳の時点で第二言語に接触し始めた子どもは,第一言語はもちろん第二言語についても同年齢の母国語話者とほぼ同等の能力を獲得したが,7,8歳で第二言語との接触が始まった子どもは,どちらの言語能力も低いレベルに止まりセミリンガル(11)になる傾向が示され」るというのである. ただし,学齢期の途中で異なった言語環境に入れられた子どもたちは必ず一時的にセミリンガル的な状況に陥り,これは避けては通れない関門である.子どもの言語発達途上で起こる現象をセミリンガルと決めつけるのは問題であり,「子どものバイリンガルは常に二つのことばの力を流動的に捉えて,長い目でみる必要がある.」(中島,1998,5頁)
さらに,小野(1994,216-7頁)は次のように述べる.
「言語の習得や知的発達への影響が大きいのは小,中学生の時期であるが,その中でも最も注意すべき学年は出国,入国共小学校3,4年生の時期で」ある.これは,母語の基礎が完成し抽象的な概念把握が可能になる11歳前後の時期までに準備期間として何年あるかということと密接に関連している.小学校1,2年生だと,準備期間として4,5年あり,なんとかその間に教科に対応する母国語力,外国語力をつけることも可能だが,3,4年生になるとわずか1,2年の猶予しかなく準備期間としてはまったく不十分である. また,上述の事態は言語における二つの能力-伝達言語能力(BICS)(12) と学力言語能力(CALP)(13) -の区別とも関係している.BICSとは対人コミュニケーションの時に必要とされる能力で通常1,2年で習得可能とされる.それに対して,CALPは思考及び認知的発達を促す能力で,習得するのに5年から7年かかるとされる. われわれは通常の対人コニュニケーション時にことばだけをやりとりしているわけではなく,ゼスチャー,イントネーションといった言語によらない情報を大量にやり取りしている.学習者はこうしたノン・バーバルな情報を手がかりにことばの意味を類推することが可能になる.ところが,教室内で行われる情報伝達には手がかりはほとんどなく,ことばのみが意味を伝える役目を担っている.用いられることばは抽象的でしかも迅速な処理が求められる.外国人子女が対人レベルで流暢に日本語を繰れるようになったといっても,教室内での教科学習が理解可能になったわけではない. また,BICSは第1言語,第2言語の能力に無関係に発達するが,CALPは二つの言語能力が互いに関わり合いながら発達するといわれている.つまり,母語の保持,育成は第2言語の発達にもプラスの影響を及ぼすことになり,この観点からも外国人子女の母語能力の育成が重要な課題となってくる.
注 (10)年齢相当のレベルまで二言語が高度に発達している場合を指す.
注 (11)どちらの言語も年齢相当のレベルまで達していない場合を指す.ダブル・リミテッド・バイリンガル,あるいはリミテッド・バイリンガルとも呼ばれる.最近ではセミリンガルという用語はさけられる傾向にある. 帰国子女の例ではあるが,ダブル・リミテッドと思われる中学三年生の男子生徒が書いた作文を引用しておこう.一つのきちんとした母語を持たない辛さが伝わってくる. 「ぼくは海外に住んでことばの重要性がわかりました.なぜかというと,ぼくはいま,自由にはなしたり,書いたり,読めることばが一つもないからです.ぼくはいま,二つのことばをしっています.それは,英語と日本語ですが,知っているといっても二つとも不完全なので自由につかえません.ことばを自由につかえないというのは大変なことです.この作文一つ書くのでも,ぼくにとっては大変な時間がかかります.ぼくにとっては,不完全なことばが二つあるより,一つの完全なことばがある方がいいのです.(中略)今,ぼくは二つの中途はんぱなことばや考え方のなかで生きています.いろいろ不自由でなさけなくなることがいっぱいあります .」
注 (12)生活言語とも呼ばれる.
注 (13)学習言語とも呼ばれる.
Ⅳ.外国で学び生活するということ(チリの小学校の体験から)
省略 ⇒ブログを参照
Ⅴ.日本語学級における外国人児童生徒
筆者は1999年度の内地留学生三人とともに,県内の4つの小中学校-小山市立旭小学校,小山市立小山第三中学校,真岡市立西小学校,真岡市立真岡中学校-を訪問し,日本語教室での授業を参観したり,担当の先生や校長,教頭先生から話を伺うことができた(14) . ここでは,小山市立旭小学校の事例を取り上げて,日本語教室がどのように運営されているかを簡単に見ていくことにしよう. 小山市は三つの大きな工業地帯を抱え,1990年の入管法の改正以来南米からの就労者が多く見られるようになっている.それに伴って,地元の小中学校に就学する児童生徒の数も増加している.市内には外国人子女教育拠点校として3つの小学校と1つの中学校が指定されて日本語学級の運営に当たっている. 旭小学校の1999年度5月1日現在における外国人子女の在籍状況と日本語教室通級状況は以下の通りである(表3) .この他に,近隣の城南中学校から5名の通級者がいる. 表3 (15) (省略) 子どもたちはそれぞれの学級に在籍しながら,能力に応じて週に何回か日本語学級に通うことになる.音楽や体育などの教科はできるだけ原学級で受けさせ,理解が困難な教科の時間帯に通級できるように時間割を組んでいる.また,初期指導の場合には授業数を多くし,日本語能力の進展に伴って通級の時間数を減らし,原学級での学習時間を多くしている. 児童の能力に応じた少人数のグループをつくり指導にあたっている.能力はほぼ以下の基準に従って4段階に分けられている.
第1段階:ほとんど会話ができない.
第2段階指示程度なら意志の疎通ができる.
第3段階:日常会話程度の意志の疎通ができる. かな文字を読むことができる . 簡単な単語を読むことができる.
第4段階:日常会話ができる.簡単な文を読むことができる.簡単な文を書くことができる.
通級回数は,段階Ⅰが週4回,段階Ⅱが週3~4回,Ⅲが週2回,Ⅳが週1回となっている. 土曜日には日本語教室の児童生徒全員による合同学習の時間が設けられ,ゲームやお正月遊び,小遠足の計画,実行,児童集会での発表準備等を通じて,楽しみながら日本語能力の育成をはかっている.また,年度途中からの編入に対応できるように時間割には余裕を持たせてある. 通級時間数は生徒数や教員数によって学校間に違いがある.たとえば,真岡西小学校の場合は,能力を3段階に分け,Cランク(来日直後)は週5回,Bランクが週に3,4回,日常会話が分かるAランクが週2回となっている. 完全に原学級に返す時期をいつにするかはむずかしいところだろうが,CALPの習得に5年から7年かかることを考えると(Ⅲ参照),何らかの補充授業は相当長い期間必要になるものと思われる.
注 (14)授業参観の様子に関しては横田・落合・杉浦(1999)参照のこと
注 (15)平成11年度日本語教室経営計画,小山市立旭小学校
Ⅵ.日本語教育に携わる教員に対する面接,アンケート調査から
栃木県で日本語教育に関わっている教員たちは,どのような教材を求めているのだろうか.それに対して,なにか我々が手助けをできないものだろうか,というのがそもそもこの研究を始めた動機であった.そこで,まず,彼らにアンケート調査を行い,どのような教材を用いているのか,教材に対してどんな要望をもっているか,また,日本語教育に関してどのような困難を抱えているのか等を聞いてみることにした.しかしアンケートを回収した結果,教師たちは我々が当初予想していなかった様々な思いを抱いて日本語教室を運営していることが分かった. アンケート調査は内地留学生と共同で夏休みを利用して行った.県内の外国人子女教育拠点校37校の担当者38名にアンケート用紙を送付し,23名から回答を得た.また,何人かの担当者については面接調査を行なうことができた.アンケートの結果と考察は横田・落合・杉浦(1999)にもまとめられているが,ここでは上述の資料を参考にしながら,また,違った角度からの考察も加えてみたい. アンケートの内容及び回答は次の通りである.
1.あなたの学校における外国人子女についてお聞きします.
(1)学校全体の在籍者数(7/20現在) (16)
61名(1校), 32名(1校), 27名(1校), 24名(1校), 15名(2校), 18名(1校), 8名(2校), 7名(1校), 4名(1校), 3名(1校)
(2)日本語学級に通級している児童・生徒の母国名,及び人数(17)
回答は省略
(当時は、ブラジルが一番多く、次いで、ペルー、ボリビア等の南米諸国、中国・韓国の子供たちが若干板程度で、現在の様なバリエーションはなかった)
2.あなた自身についてお聞きします.
(1)日本語学級を担当して,何年になりますか. 回答省略
(2)担当を自分から希望しましたか. 回答省略
(3)今後も担当を続けたいと思いますか. 回答省略
日本語学級の担当は3年未満が19人と圧倒的に多く,短い周期で代わっていることが分かる.今年度初めて担当する人も9人と多い.担当は自分から希望した人は少なく,突然任されて戸惑っている人もいる.今後とも担当を続けたいか,という質問には,はいといいえが半々で迷える担当者の気持が伝わってくる.「いいえ」と答えながら,続けたい気持も4割とか,正直いってどちらとも言えない,というようなコメントがあり,また「はい」と答えながら期限を区切って,というような欄外のコメントもあり,担当者も揺れていることが分かる.
(4)外国人子女の母国語の知識がありますか. 回答省略
母国語の知識がある,としている教員の中の11名が内地留学で,と答えている.「あいさつ」したり,「単語を並べたり」,「簡単な日常会話」程度であっても,母語を話せる先生の存在は右も左も分からない編入生にとってはどれだけ慰めになるかわからない.ただし,日本語を母語で説明できるレベルの担当者は少数のようである.
(5)担当する前に,外国語としての日本語(外国人に教える日本語)の研修を受けたことがありますか. 回答省略
(6)担当になってから,日本語教育の研修を受けたことがありますか. 回答省略
(7)外国人に教えるためのあなたの日本語の知識は十分だと思いますか. 回答省略
日本語教育の研修の機会がたいへん少ないことが分かる.また,日本語の知識が充分ではないと感じている教員がほとんどで,教授法,発音指導,文法(18)の教え方を知りたい,という声が多かった.
(8)日本語学級担当以外に,どんな校務分掌を持っていますか. 回答省略
(9)日本語学級で定期的に授業をサポートしてくれる外部協力者はいますか. 回答省略
児童の母国語が分かる講師が派遣されているのは,真岡市,宇都宮市,佐野市などで,日本語教育のみならず,家庭との連絡や,トラブルが起きたときの相談役にとたいへん大きな力になっている.しかし,こうした援助なしに孤軍奮闘している担当者も多く,地域のボランティアの発掘が望まれる.
3.教材についてお聞きします.
(今後の研究の参考にしますので,できるだけ具体的にお答え下さい.)
(1)主教材は何を使っていますか. 回答省略
ほとんどの担当者が『ひろこさんのたのしいにほんご』か『にほんごをまなぼう』を使っている.初級レベルを卒業すると低学年用の国語の教科書やドリル,書き込み用プリントなど習得段階に応じていろいろな教材を使っているようである.
(2)上記の教材を使ってみての感想,要望,改善点などをお書きください.回答省略
(3)副教材としてどんなものを使っていますか. 回答省略
(4)副教材として使っているものの中で,特に役立っているものがあれば,挙げてください.また,その活用法も教えてください. (具体的にお願いします)
(5)こんな教材があったらいいなと思うものがあったら挙げてください.
・対訳付きの教材
もっとも要望が多く,特に各教科書の対訳に対する要望が多く寄せられた(21) . これは教科理解とともに母語保持の観点からも強く実現が望まれている.
・スペイン語やポルトガル語の絵本(22)
・中学生の知的水準を満たすような教材 少数の基本的な語彙や簡単な文法を用いながら,内容的には中学生の発達段階に合った教材が欲しい.
・単語カード,文型カード,文例が表に印刷され,裏面には品詞や活用が書かれているカード. ユニークなカードの活用法としては,ひらがなカードを50音順に並べてタイムを競う,ことばさがしゲーム(三枚のカードの中から2枚を使ってことばを作る)等が挙げられた.
・問題文が母語で書かれたドリル(学習内容は理解できても,問題文を読解する力がないので) 専門用語(約数,直方体など)が問題文にカッコ書きされているドリル ・テストの問題文の母語訳(点数がとれないために不勉強と思われたら問題である.)
・パソコンソフト,ビデオ,音声テープ(23)
・母語での手遊び歌(24)
・教材ではないが,学校行事や学級活動,入学時に際しての心得のようなもの(病気等以外では毎日登校すること等)がかかれているパンフレット(25)
4.日本語学級を担当していて困っていることや悩みなどをお聞かせください.
・彼らの母国語が分からないことからくる子どもや子どもの家庭との意志疎通の困難さ(最も多い悩みであった)
・日本語学級以外にも,出授業があり時間的にも苦しい.
・また,日本語教室の意義や重要性が行政のみならず,同僚の教師にもなかなか理解されないことの悩み(楽をしている,遊んでいる,と見られることもある).
・日本語教育担当者は学校に一人なので,悩みや,問題を相談したり,共有したりする相手がいない.
・学級担任を離れた寂しさ.
・教科教育から離れている不安.
・帰国する可能性のある子どもにどの程度日本語教育を施したらいいのか,むしろ,母語保持の努力をさせたほうがいいのではないか,という疑問.
・反対に長期滞在する場合には,進学,就職の問題.
担当者の悩みの中にはとても1教員の努力では解決できないものもたくさん含まれている. また担当者が孤独や寂しさを感じているとは,アンケート調査をするまで気づかなかった.お題目だけの国際理解教育ではなく,外国人子女の問題を学校全体のものとしていかなければならない. しかし,日本語学級担当になって「大変勉強になって,いい経験をしている」と積極的に評価する声もある.「国際的に視野を広げていく必要がある今の世の中で,外国人児童と一緒に勉強できることは,子供たちにとっても教員にとっても本当に有意義なこと(26)」であるはずなのだから.
<注>
(16)この質問は,外国人子女の在籍者数を聞くためのものであったが,学校全体の在籍者数を記入している回答者がかなりいて,質問の仕方を誤ったと反省させられた.
(17)栃木県全体における日本語指導を必要とする児童生徒数に関してはⅡを参照
(18)文法に関しては『外国人子女の日本語指導に関する調査研究《最終報告書》』(1998)に小学校中高学年用の文法の説明がポルトガル語,中国語で用意されている.
(19)鈴木,深澤(1996)『平成8年度内地留学報告書外国語(スペイン語)』に「ひろこさんのたのしいにほんご1」のスペイン語訳が載っている.また,小山第三中学校の若林教諭によるポルトガル語訳もある.
(20)筆者の手元に「子供のための日ポ辞書」と題された50ページ程の冊子がある.2500余りの日本語の語彙がポルトガル語で説明されている.文字が読める子供たちや,また教師にとっても非常に役立つものと思われる.だれが作ったものかは不明である.どなたか出所が解れば教えて頂きたい.
(21)茨城県教育庁指導課が小学一年生用の教科書の対訳を試みたものがある.(参考文献参照のこと)
(22)小山市の教育委員会ではブラジル大使館にお願いして,ポルトガル語の絵本を送ってもらい,市内の日本語学級に配ったところ,大変好評だった様である.絵本や教材などに関して,大使館に問い合わせてみるのも一法である.
(23)西田・荒井(1995)は,三びきのこぶた,ねずみのよめいり,あかずきん,シンデレラの日本語・スペイン語の対訳,およびテープへの録音を試みている.
(24)福村・原・駒場(1994)はペルーでよく歌われる歌を5曲紹介している.現地の子供たちが歌っているテープもあり,必要ならば問い合わせに応じるそうである.
(25) 真岡西中学校のように外国人子女が多く在籍している学校ではこうした資料がか なり揃っている.
(26)稲葉(1998).同書には,外国人児童生徒を受け入れることでのメリットを挙げる声が多数寄せられている.今回の我々の調査では,問題点にばかり目がいって,このようなプラスの側面に関しては配慮が足りなかった.今後の課題としたい.
Ⅶ.結びに変えて
外国人子女教育の抱える問題は教師個人が解決できる範囲を超えていることがあまりに多い.子どもの母語を理解できる専任講師の派遣,受け入れ時の日本語の集中的な指導体制とカリキュラム編成の整備,母語の指導をふくめたバイリンガル教育の可能性を探ること,進学における特別枠の設定,等,課題が山積している(27) . 早急に望まれるのは,外国人子女教育担当者のネットワーク化であろう.アンケート調査で明らかになったように,日本語教育担当者は研修の機会が少なく,近くに相談相手もいないので,孤立しがちであり,情報の収集もむずかしい.また,かなり短い周期で交代しているのでノウハウの蓄積ができにくい,といった状況に置かれている. たとえば,様々な自治体が独自の教材を作成しているが,そうした教材はごく狭い範囲で流通しているに過ぎず,その存在が知られていないことが多い(28) .また,自治体によっては,ポルトガル語やスペイン語での文書(学校生活に関する細かい諸注意や家庭への連絡事項,等)を整備しているところもあるが,こうした情報を他の自治体の担当者が入手することはむずかしいだろう.また,各担当者の手作りの教材や,工夫をこらした授業のやり方なども個人の所有に埋もれてしまっている.こうした情報を発掘し有効に活用できるシステムづくりが急務である.
現在の担当者の苦労は日本語教育の先駆者としての苦労だろうと思われる.少しずつデーターを蓄積し,ノウハウを積み上げ,さらにそうした経験が関係者の共通の財産となるようにネットワークを構築し,情報を交換し合うことが必要となる.
<注>
(27)中西・佐藤(1995)67-70頁
(28)文部省,各都道府県,市区町村教育委員会や受け入れ校で発行されている外国人子女教育関連の手引き書,資料,教材のデータをまとめたものとして,『外国人子女教育資料・教材総覧-自作教材作成のための教師用この手引-』(1998) 文部省教育助成局海外子女教育課,がある.
<参考文献>
『AJALT(アジャルト)』(1999),22号,国際日本語普及協会
稲葉継雄(1998) 『わが国における外国人児童生徒の文化的適応と教育に関する調査研究』平成7年度~平成9年度科学研究費補助金(基盤研究C)研究成果報告書
大島芳治(1996)「国際感覚を身につけた心豊かな子供の育成をめざして」『研究紀要』第12号,41-45頁,栃木県国際教育研究所
岡崎敏雄(1995)「年少者言語教育研究の再構築」『日本語教育』86号,1-12頁.
----(1998)「年少者日本語教育に関する教師の言語教育観」『日本語科学』4,74-98頁.
小野博(1994)『バイリンガルの科学』講談社
鎌田修,他著(1998)『日本語教授法ワークショップ』凡人社 クロード・ロベルジュ,
木村政康(1996)『日本語の発音指導』凡人社 コリン・ベーカー,
岡秀夫訳(1995)『バイリンガル教育と第二言語習得』大修館書店
佐藤郡衛(1998)「異文化間に育つ子どもの教育-海外・帰国子女教育の課題」『国際化時代の教育』,148-166頁,岩波書店
杉山敏明(1998)「外国人子女の受け入れと日本語指導」『研究紀要』,第14号,46-49頁,栃木県国際教育研究所
竹田恵子(1987)「TPRを利用した初級日本語授業」『日本語教育』63号,105-122頁
恒吉僚子(1998)「ニューカマーの子どもと日本の教育」『国際化時代の教育』187-202頁,岩波書店
名柄・茅野・中西(1989)『外国語教育理論の史的発達と日本語教育』アルク
中西晃/佐藤郡衛編著(1995)『外国人児童・生徒教育への取り組み』教育出版
中島和子(1998)『バイリンガル教育の方法』アルク
西谷まり(1997年)『小学校における外国人子女に対する日本語教育の実態に関する研究-外国人子女の日本語習得と教室適応-』文部省科学研究費奨励研究(A)
縫部義憲(1997)「入国児童の言語生活調査-語彙を中心として-」『広島大学日本語教育学科紀要』35-50
野城久雄(1998)「外国人子女ひとりひとりの実態に応じた適応指導」『研究紀要』第14号,50-55頁,栃木県国際教育研究所
箕浦康子(1998)「異文化体験と人間形成」『国際化時代の教育』127-147頁,岩波書店
『外国人子女の日本語指導に関する調査研究《最終報告書》』(1998)外国人子女の日本語指導に関する調査研究協力者会議,東京外国語大学
『子どものための5か国語絵単語帳 これって,なあに』(1995),チャレンジ日本委員会
『子どものための5か国語絵単語帳 どこいくの』(1995),チャレンジ日本委員会
『ようこそ日本の学校へ-日本語指導が必要な外国人指導生徒の指導資料-』(1995年)文部省
『ようこそチリへ』(1995)日智商工会議所
<資料>
大芦正幸・白石実(1992)『平成4年度後期内地留学研究報告書 外国語(スペイン語)』
福村康子・原雅典・駒場眞一(1994) 『平成6年度前期内地留学報告書 外国語(スペイン語)』
西田美保子・新井静枝(1995)『平成7年度前期内地留学報告書 外国語(スペイン語)』
宮路裕子(1996)『平成8年度内地留学報告書 外国語(スペイン語)』
吉沢恵子(1996)『平成8年度内地留学報告書 外国人子女教育国語(スペイン語)』
鈴木純子,深澤弥之(1996)『平成8年度内地留学報告書 外国語(スペイン語)』
吉沢・岩田・江口・小林・安良岡・新井(1997年)『平成9年度前期内地留学報告書 外国語(スペイン語)』
横田弘子・落合知子・杉浦敬子(1999)『平成11年度前期内地留学報告書 外国語(スペイン語)』
『外国人子女教育資料・教材総覧-自作教材作成のための教師用手引-』(1998) 文部省教育助成局海外子女教育課
『外国人子女教育指導資料集Ⅱ』(1996)埼玉県教育委員会
『外国人子女教育の手引Ⅱ-日本語指導の在り方-』(1995)栃木県教育委員会
『外国人子女教育の手引Ⅲ-実践資料編-』(1997)栃木県教育委員会
「日本語教室経営計画(平成11年度)小山市立旭小学校
「外国人児童等の教育」(1999)真岡市立真岡西小学校
「こどものための日ポ辞書」(出所不明)
<教材>
『にほんごをまなぼう1』 ぎょうせい
『にほんごまなぼう1 教師用指導書』(1994)ぎょうせい 『にほんごをまなぼう2』(1993),ぎょうせい
『にほんごをまなぼう2 教師用指導書』(1995)ぎょうせい
『にほんごをまなぼう3』(1995)ぎょうせい
『にほんごをまなぼう3 教師用指導書』(1995)ぎょうせい
『にほんごだいすき1』 むぎ書房
『にほんごだいすき1 -おしえかたガイド-』(1996)むぎ書房
『ワークブック』むぎ書房
『たんごのほん』むぎ書房
『ひろこさんのたのしいにほんご1』凡人社
『ひろこさんのたのしいにほんご1教師用指導書』(1995)凡人社
『ひろこさんのたのしいにほんご2』(1995)凡人社
『にほんごでなまぶ こくごとさんすう』(1993)埼玉県教育委員会
『はじめくんとまりちゃんのんほんごきょうしつ1』(1999)大宮市立教育研究所,大宮市国際理解教育研究協議会
『にほんごでまなぶ こくごとさんすう』(1993)埼玉県教育委員会
『いっしょにまなぼう みえこさんのにほんご』(1997)三重県教育委員会
『母国語による学習のための教材-ポルトガル語,スペイン語,韓国語,英語編-』(平成8年度 外国人児童生徒指導資料),茨城県教育庁指導課
『日本語の初期指導,算数指導―ポルトガル語,スペイン語,韓国語,英語編-』(平成9年度 外国人児童生徒指導資料),茨城県教育庁指導課
『日本語の中期指導,生活課と理科の指導―ポルトガル語,スペイン語,韓国語,英語編-』(平成10年度 外国人児童生徒指導資料),茨城県教育庁指導課
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